強く生きて。愛猫との別れについて。

family

こんにちは。

今回の記事は「アレルギーってどうしてあるんだろう。」と、強く考えさせられた出来事について書きます。
猫と暮らす幸せと、子供の体調。どちらも大切です。
血管腫の治療で入院している間は落ち着いていた症状が、退院後再び悪化。
空気清浄機を2台回しても、掻きむしる手は止まらない。

離れを建てるか、部屋を改造するか——それでも日中のお世話や家族の体調は現実として立ちはだかる。
「愛猫を誰かに預ける」という選択肢を前に、私たちは何度も話し合い、葛藤しました。

これは、子供の健康と愛猫への思いの間で揺れ続けた私たちが、どう考え、どう決めたかの記録です。
同じ悩みを抱える誰かの判断の参考になればと思います。

アレルギーってなんである?

猫アレルギーってなんであるんだろう。
卵アレルギーってなんであるんだろう。
今までそんなことを考えたことはなかったが、最近特に思います。
息子が猫アレルギーだと判明してから、愛猫と息子を接触しないよう気を配ってきましたが、同じ空間に住んでいるとどうしても触ってしまうときはあります。

血管腫の治療で1週間入院していましたが、その間は顔や頭を掻きむしることは少なくなり、お肌も傷がなくなり安心していました。
ただ、退院し帰宅してからしばらくするとまた掻きだすようになり、傷も増えていきました。

2週間ほど前に購入した空気清浄機2台はそれぞれリビングと寝室に設置してフル稼働状態です。

猫アレルギーについて調べる時間が長くなり、対応できる手立ても少ないことがわかってきました。
猫アレルギーの原因物質は「Feld1」と呼ばれるたんぱく質にあります。
このFeld1は猫の唾液に含まれており、乾燥すると空気中に浮遊しやすい特徴があります。
身体をグルーミングするときに猫の毛に付着し、その毛が浮遊し、人間が接触したり吸い込んだりすると人間の免疫システムが過剰に反応し、アレルギー反応を起こす。といったロジックらしい。

息子の場合はアレルギー検査の数値がMAXであり、反応が出やすい体質でした。

私たちが直面した現実

当初、息子と愛猫たちと共存するためには

  1. 離れを建てる
  2. 部屋を改造する

の2択と考えていましたが、まずは部屋を改造するためにどれくらいの費用が掛かるのか見積もりを取ってもらい、その間は空気清浄機で様子見をすることにしていました。
ただ、いつまでたっても見積もりの結果がきません。
掃除を念入りに行ってはみるものの変化はありませんでした。

離れを立てるか、部屋を改造するかの2択を狭まれる。

家族と何度も相談しました。
ほとんどの人たちは「愛猫たちを預かってくれる人を探したらどうか」と、助言してくれました。
もともとそんな気はありませんでしたが、近所のおばちゃんから「喘息になってしまったらもっと大変なことになるから猫を預けたほうが良い」と強く勧められ、頭から離れませんでした。

喘息になってしまったらどうしよう。私の頭の中でそのことばかり考えてしまいます。
私の父&兄も過去喘息だったことがあり、いかに恐ろしい病気かはわかっていました。
すぐに治るものでもないし、運動も制限されるリスクもあることはわかっていました。

今まで2つだった選択肢が3つに増えました。

  1. 離れを建てる
  2. 部屋を改造する
  3. 愛猫を誰かに預ける

この3つからどれかを選択しなくてはならず、血管腫の治療が落ち着いてからも悩まされる日々が続きました。

迷い続ける

もともと、離れを建てるか、部屋を改造することを念頭に置いていました。
しかし、そのどちらを選択しても私たちは息子と接触する場合は気を付けなければなりません。
離れを建てて物理的に距離を話しても猫たちのお世話はしなくてはなりません。
私は仕事をしているため日中はお世話ができないので、必然的に妻か同居している義母がお世話をすることになります。

そんななか、5月初旬を過ぎたあたりから妻の体調が悪化。
原因不明の腹痛に悩まされる事態になりました。
日中の猫ちゃんたちのお世話は義母に一任する状況になってしまいそう。
義母は今年で67になる年齢です。愛猫たちのお世話をした後は、息子のためにシャワーを浴びる必要があり、体力的にも現実的ではないのかなと義母から妻に相談がありました。

私に在宅勤務や職を変える選択肢があればよかったが…と自分を責める日々でした。

決断

「愛猫たちを預けよう!」

泣きながら妻がそう言いました。
私たちの猫は保護猫活動を行っている方から譲り受けた子たちです。
その方は今は保護猫で猫カフェを経営しています。
妻は意を決してスマホを操作しだしました。

電話に出ないでくれ、他に手はないのか。と頭の中が逡巡するなか、電話が繋がったらしく話が進んでいく。

「今日これから来てくれるそうなので、猫のキャリーケースを準備して。」

目を赤くはらし、鼻声で妻が言います。
「事情が事情なので受け入れますと言ってくれた。」ーーその言葉を妻から聞きました。

私の中で愛猫たちへの思い出や申し訳ないといった気持ちがぐちゃぐちゃと入り混じるいやな感じがしました。

まとめ

最終的に私たちは、「愛猫を預ける」という苦渋の決断をしました。
アレルギー数値が高い息子の安全を最優先にすることは、感情だけでは覆せない現実でした。

次回は、愛猫たちとの最後の団らんから今の関係までを書きたいと思います。

強く生きて。この言葉は、猫たちへ、息子へ、そして迷い続けた自分たちへ向けたエールです。

本記事は個人の体験記です。医療判断は必ず専門家にご相談ください。

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